耐震と制振: バネの力学で説明してみる
今回は、「耐震」と「制振」の違いについて、できるだけ、誰でも知っている身の周りの物や、高校物理、大学物理、論文レベルと段階を踏んで、説明を書いてみました。
計画当時、耐震等級については工務店の設計士さんから耐震等級3をお薦めされるまで詳しく知りませんでしたが、今回、解説に記載している力学については、私が元々、知っている内容で、教科書も確認して書きましたので、入門レベルとしては、悪くないかと思います。
より詳しく知りたい方用には、建築として力学の専門家である構造設計の建築士の方々のブログなどへのリンクもしましたので、ご参照下さい。また、熊本地震と耐震・制振の関係について、参考にした記事のリンクもつけました。
説明を書いた理由は、特に「制振」について、一番基本的な、バネの振動からの説明を、一般の施主向けには、ほとんど見かけないからです。
本来、科学的に理解できるはずの本質はほとんど伝えず、その代わり、センセーショナルな宣伝が、先行しているように見えるときがあります。
そして、その過剰な宣伝の怪しさの巻き添えで、まともな製品も、眉唾な印象を与えてしまうという。。
(遮熱とかもそうですね。断熱も、少しだけ、そういうときありますね。
もちろん、まともに科学的に確からしい説明をしようとすると、かなり省略して書いても、この記事みたいに長くなるからでもありますけれども。。)
ここで説明するのは、主には実際の製品の話ではなく、原理、ごくごく単純化した、バネの話、力学の基礎の話です。
下記、
⭐制振の力学の要約
⭐我が家の地震対策
⭐熊本地震と耐震等級
⭐熊本地震と制振
⭐構造設計の専門家の建築士のブログなど
⭐バネの力学から見た耐震と制振の話
の順で説明しますが、非常に長いので、要約だけ先に書きます。
⭐制振の力学の要約
制振は、建物(バネ)の揺れに抵抗し、揺れ幅を小さくする効果があります。
特に、楽器が箱で音を大きくするのと同じ、「共鳴(共振)」という現象が地震波との間で起きて、建物の「揺れ幅がどんどん大きくなり続ける」ときにも、制振は、建物(バネ)や地震の揺れと逆向きの抵抗力を持つため、「最初の揺れ幅が抑えられる」ことと「揺れ幅がどんどん大きくならない」こととが期待されます。
同じ仕組みは、身の回りのドアや車のダンパー、棚のソフトクローズなどの、例えば、「ドアを閉める時にバタバタ鳴る現象」を抑えることにも使われています。
このうち、「最初の揺れ幅が抑えられる」ことは、耐力壁をさらに強くする耐震でも可能です。
しかし、耐震には「揺れ幅がどんどん大きくならない」ことは期待できません。
ただし、実際の建物や建材では、耐力壁も制振装置も、比率の差こそあれ、上の耐震と制振の、両方の効果を持っているので、耐力壁で充分な場合も多いと思います。
ですが、耐力壁の耐震に加えて、制振装置で制振の効果をさらに高められるなら、より安心なことは間違いありません。
(逆に言うと、制振の効果よりも耐震の効果が大きい制振装置なら、耐力壁と置き換えても、コストほどの意味がありません。)
実際に制振が効くかは地震の条件によって変わりますし、良い製品は色々あると思いますが、例えば、制震テープは、コストと大工さんの手間以外のデメリットが全く見当たらないという意味で、採用しやすい製品です。
要約終わり
⭐我が家の地震対策
我が家の地震対策は、耐震等級3と制震テープにしました。(三階建てなので、構造計算もしています。構造計算書もざっと読んでみると、意外と面白かったです。)
耐震等級3は工務店の設計士さんがお薦めしてくれて、制振は私から希望しました。充分対策したので、普通の在来工法の木造3階建てでも、安心です。
↓我が家の建築中に制震テープが貼られた様子。
要するに特殊な素材の両面テープです。
この後、大工さんが、白い紙をはがして、気密処理もしたうえで、耐力壁のボード(ノボパン)を取り付けてくれました。
住んでみて、もし気になる揺れが日常的にあれば、測定機器を買って調べたでしょうが、幸い、何も問題起きてませんので実験できません。生活を崩したくなければ、実験できないことばかり(汗)
入居してから震度3, 4の地震がありましたが、さすがに普通には揺れますね。木造3階建ては2階建てよりひどく揺れる場合がありますが、全然そうではなかったので安心しています。
全く揺らしたくなければ、地面と建物をゴムなどで切り離す、免震 = 除振、しかないですが、こちらは失敗すると非常に危険なので、しっかり作ると高価になり、住宅ではほとんど普及してません。
なので、せめて、理解しづらいわりに盛んに宣伝されている制振について説明を書いてみました。
下記、力学としてはできるだけ教科書的に正しくなるように(単純なバネの例え話なので塑性変形は無視しつつ)書きましたが、上の要約だけで内容がおわかりになる方にとっては、読む価値はないかと思います。
我が家は、工務店の設計士さんから耐震等級3と熊本地震のお話を伺い、それまで私たちが知らなかった耐震等級3にしました。
熊本地震と耐震等級3について、下記に我が家の計画当時参考にした資料をまとめます。
⭐熊本地震と耐震等級
・軸組在来の耐震等級2(相当の長期優良住宅、2023.1追記)の住宅(直下率低)も倒壊あり。
・2X4住宅も倒壊あり。
・倒壊のケースのほとんどが、1階がペシャンコ。
下記の資料がわかりやすかったです。
熊本地震の被害検証と今後の課題 - エヌ・シー・エヌ (日経ホームビルダー 編集長 桑原豊氏 講演資料)
⇒抜粋:「震度7でも住める家」とするための四つの提言
◎等級3の壁量を確保した上で
1)壁量:余力抜きで等級3の1.39倍
2)直下率:上下の耐力壁をつなげて地震力を伝達
3)金物:施工ミスと金物の選定
4)筋かい2Pをやめて面材で押さえる
⭐熊本地震と制振
他にも事例あると思いますが、我が家が参考にした事例は下記の2つ
◎ミライエ
制振部材の一つ、ミライエ採用の住宅で、下記のような記事がありました。ただし、食器が落ちなかったのは、震度7の地域ではないのにご注意下さい。
・京大 五十田教授の住友ゴムとのミライエの共同研究についてのコメント
ミライエの製品紹介サイトには、3階建ては要相談と書いてあるので、シミュレーションの条件設定が2階建てよりややこしいのだと思います。2階建てなら我が家もこれにしてたかも。
◎制震テープ
抜粋します。
「地震の時は家の中におり揺れは感じましたが、家具が少し動く程度でまさか家が倒壊するほどの大きな地震が熊本を襲っていたとは夢にも思いませんでした。隣接する建物のブロック塀が倒れたりしている中、我が家はひび一つ無く無傷の状態。」
こちらはさすがに家具は動いたようですが、無傷。
耐震等級2や長期優良住宅の多くの家も、耐震等級3の全ての家も、大きな被害を免れているため、これらの事例はどこまでが制振の効果かは不明です。
ただ、耐震と制振の原理の違いを知った上で、こういう事例を見てしまうと、最優先で付けたくなりました(^o^ゞ
計画当時、長い目でみると制振の方が地震保険より安いし、という理由もありました。
地震火災が地震保険でしかカバーできないので、結局、地震保険も入ってますけどね(+_+)
⭐構造設計の専門家の建築士のブログなど
建築としての専門的な話が知りたい場合は、下記のような構造設計の専門家の建築士の方々のサイトをお薦めします。
バッコ博士の構造塾さん:
専門家の目から見た様々な工法・製品・ハウスメーカーの忌憚ない比較もされており、面白いです。
https://www.bakko-hakase.com/?page=1584755456
・佐藤実さん(構造塾・M's 構造設計)のyoutube:
工務店向けに耐震等級3の大切さや、様々な啓蒙をされており、施主向けにも、より簡単にした情報発信をされています。
(こちらも構造塾とありますが、上と全く別の構造塾です。工務店の方に単に構造塾と言えば、こちらの佐藤さんの構造塾の話になると思います。)
https://m.youtube.com/channel/UCBomiIuwHonz8E5hIEOtIHQ
・なまあず本舗さん:
木造三階建てについて、地震だけでなく、既存の木造三階建ての風や人の動きでも揺れる家の実例や、耐震診断や改修の情報が詳しいです。
特に、ビルトインガレージを検討されておられる方々は、一度、こちらのサイトに目を通すことをお薦めします。
https://sekkei.namazu-honpo.com/taishin/moku3.html
などをお薦めします。
耐震の具体的な方法は上記で紹介されている方法に限らず、会社や工法・構法によって様々です。工法・構法によらず、同程度の対策を、実際に建てる会社に依頼することが重要と思います。
⭐バネの力学から見た耐震と制振の話
さて、それでは、本題のバネの力学から見た耐震と制振の話に入ります。
まず、建物の柱や梁、耐力壁をバネと見なします。
簡単には「耐震」を強くするとは、より太い針金でバネを作るのと同じことです。
「耐震」はこのバネの力(弾性力)を非常に強くします。(より正確には、バネ定数を大きくします。)
。
高校で物理を習った人にはお馴染みの、フックの法則による力のことです。
一方で「制振」は、簡単には、例えば、バネにゴムや柔らかい粘土を埋め込むのを想像すると良いかもしれません。そうすると、バネが動きにくくなりますよね。
つまり「制振」とは、抵抗力(摩擦力など、バネの動きと逆向きにかかる力)を強くすることで、バネの動きを止める役割をします。
このようなバネと抵抗、「耐震」と「制振」に相当する仕組みを組み合わせたものは、玄関ドアや、車やバイクの「ダンパー」や、戸棚の「ソフトクローズ」にも使われており、ドアがバタバタ鳴って振動するのを防いでいます。実は、みなさんの身の回りにたくさんあるんですね。
さて、このバネ(耐力壁や建物)に外からの力(地震)が加わるとどうなるでしょうか?
バネを太く強くすると、同じ大きさの力が加わったときに、より小さな揺れ幅(振幅)で振動しますよね?
つまり、バネ(耐力壁や建物)に力(地震)を加えたとき、バネ(耐力壁)を強くすると揺れ幅(振幅)は小さくなります。
しかし、バネは強くても弱くても、動きだすと、そのまま振動し続ける性質があります。(単振動)
つまり、一度大きな力(地震)を加えられたバネ(耐力壁や建物)は、その力(地震)がなくなっても、その力に反発したバネ(耐力壁や建物)自体の力で振動し続けます。
古時計の振り子やブランコをイメージするとわかりやすいかもしれません。一度揺らすと、ずっと揺れつづけますよね。
このときにバネの動きに抵抗する力(制振、ゴムや粘土)も充分あると、バネ(耐力壁や建物)の揺れ幅をどんどん小さくできます。
ブランコで足を地面に擦らせる例が使われている建築業界誌の解説記事もありました。
(このあたりから、高校の物理の範囲外と思います。大学物理で習う減衰振動、臨界振動、過減衰の話です。)
そして、地震は最初に一度大きな力を加えるだけではなく、一定時間揺れ続けることがあります。すると地震に合わせて建物も揺れ続けます。(強制振動)
地震に合わせて揺れ続けた時に、特に、たまたま、バネ(耐力壁や建物全体)の共振周波数(共鳴周波数、固有周波数)とあった地震が起きると、バネ自体の揺れと地震の揺れが重なって共振(共鳴)して、最初の単振動よりも地震の揺れよりも、さらにどんどん揺れ幅が大きくなってしまい、非常に危険です。
この共鳴、共振というのは、ギターやタイコの音が、元の弦の音や叩く音は小さいのに、楽器の箱によって響いて大きな音になるのと同じ仕組みです。
そのような共鳴が起きたときにも、制振は、バネや地震の揺れと逆向きの抵抗力を持つため、最初の「揺れ幅が抑えられる」ことと「揺れ幅がどんどん大きくならない」こととが期待されます。 (強制減衰振動)
このうち、最初の「揺れ幅が抑えられる」ことは、耐力壁をさらに強くする耐震でも可能です。
しかし、耐震には「揺れ幅がどんどん大きくならない」ことは期待できません。
なお、この共振周波数は、バネの力と抵抗の力の兼ね合いで値が変わりますので、この、ズレる、ということを、建材の宣伝に使ってしまうケースもあるようです。
しかし、確かに値は変わりますが、共振周波数は値がズレるだけでは「共振自体はなくなりません。」それでは、周りの他の建物と、被害を受けやすい地震が変わるだけです。
そうではなく、制振があるおかげで、揺れても「揺れ幅がどんどん大きくならない」ことの方が重要です。
そしてもちろん、制振だけだと(バネがなくてゴムや柔らかい粘土だけだと)変形するだけで元の形に戻らないので、まずは制振より前に耐震を強くすることが基本です。
実際の製品で実験された例として、例えば、リンク先の論文の図9で示されている減衰定数(Damping Ratio)の向上が、上記で書いた、制振で本来、原理から期待される機能です。
この論文でも示されている通り、(論文を読まなくて大丈夫です。)実際の建物や建材では、耐力壁も制振装置も、比率の差こそあれ、上のバネ、耐震と、抵抗(ゴム、粘土)、つまり制振の、両方の役割を持っているので現実は、ここで書いた話よりも、もっともっと複雑です。
ですが、耐震に加えて、制振装置で減衰定数をさらに高められるなら、より安心なことは間違いありません。
(逆に言うと、減衰定数が小さく、耐震が強い制振装置なら、耐力壁の置き換えとしては、ほとんど意味がありません。)
本来ならこの減衰定数こそが宣伝されるべきですが、これも前提条件によって変わるので難しいのでしょう。
Ua値の話よりもずっとずっと複雑な話のため、理屈から実際の性能までを理解されている建築関係者の方の割合も、非常に低いでしょうし。
では、我が家ではどうしたか?
やはり、耐震と違う原理の制振も、念のため付けておきたかったので、耐震等級3に、制震テープを付けてもらいました。これで、耐震等級3よりも「揺れ幅が抑えられる」ことと「揺れ幅がどんどん大きくならない」ことが期待されます。
この製品が良い点として、単純にほぼ外周全面につけるため
・制振のために間取りを変更する必要がない。
・制振のために耐力壁を減らす必要がない。
・三階建てでも取り付け場所に困らない。
(例えば、2階建なら非常に良さそうなこちらの製品なども、三階建てだとややこしそうです。)
・一般的な制振装置の位置を決めるためのシミュレーションでは想定してない揺れにも対応できそう。(シミュレーションの結果は前提条件で変わります。)
などを想定したのが理由です。
つまり、他の制振建材と異なり、仮に将来、制震テープが性能を発揮する機会が訪れなかったとしても、テープ自体の費用と大工さんの手間以外には、制震テープをつけるデメリットが全く見当たらないから付けた、とも言えます。
↓テーマ毎のブログ記事のまとめも参考になりますね♪